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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2477号 判決

控訴人 宮岡重治

右訴訟代理人弁護士 吉武賢次

同 吉武伸剛

被控訴人 国

右代表者法務大臣 遠藤要

右指定代理人 田中澄夫

〈ほか四名〉

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し原判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を明渡し、かつ、右土地につき真正な登記名簿の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。本件土地が控訴人の所有であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、当審における陳述を次のとおり付加するほか、原判決事実欄第二摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  明渡及び登記請求について

(1) 東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第二五九四号土地所有権移転登記請求事件(以下「前訴」という。)の控訴審において、控訴人は、同事件の請求の趣旨の内、本件土地につき所有権移転登記手続を求める部分を所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求に変更し、請求原因も、本件売買契約の不存在、無効及び解除を理由とする主張に変更したが、控訴審裁判所は、昭和五八年一二月一六日の第六回口頭弁論期日において、訴の変更を許さない旨の決定をした。そして、控訴人は、同期日に控訴の取下をした。

(2) 前訴控訴審裁判所は、前訴の旧請求と新請求とでは訴訟物が異なり、控訴人の新主張の提出が訴の変更に該ると判断してこれを許さない旨の決定をしたものである。なお、被控訴人は、前訴において、右新主張の提出を攻撃方法の変更であると解したうえで、これは準備手続調書に記載されていない事項であるから、却下すべきであると主張し、右新主張の提出が訴の変更であるか単なる攻撃方法の変更であるかが争いとなったのであるから、裁判所が、民訴法二五五条一項又は一三九条一項に基づき攻撃方法を却下する趣旨で、訴の変更を許さないとの決定をするはずはない。

そして、控訴人が前訴の控訴を取下げ、本訴を提起したのは、前訴で訴の変更が許されなかったので、新請求についての判断を求めるためにしたものである。しかるに、本訴における訴訟物が前訴のそれと同一であると判断することは、前訴控訴審裁判所の右決定と衝突し、控訴人の裁判を受ける権利を不当に奪う結果になるから、許されない。

(3) 被控訴人は、前訴において、訴の変更に異議を述べ、かつ、控訴人が新請求について別訴を提起することとして、前訴の控訴を取下げるについて、これに同意したものであり、そのときは、訴変更の前後により訴訟物は別異のものとする主張であった。しかるに、控訴人が前訴の控訴を取下げ、第一審判決を確定させるや、一転して、本訴において、前訴の訴訟物と本訴のそれとが同一であるとして、前訴判決の既判力を援用するのは、禁反言の法理及び信義則に違反するものである。

(二)  所有権確認請求について

(1) 前訴における実質的な争点は、「本件土地の買収は、米軍の基地の用に供するために行うものであるから、米軍が使用する必要がなくなったときは、本件土地を返還する。」という約束の存否であり、それを、控訴人は、前訴の訴状では端的に「売買代金相当額の金額で売戻す(返還する。)。」という形で主張していたが、準備手続で整理した結果、右返還約束を売買契約の解除条件と構成したものである。したがって、右の構成のため、訴訟物は土地所有権に基づく土地所有権移転登記手続請求権及び明渡請求権となったが、実質的には所有権の存否が問題とされたことはなく、返還約束の存否のみが問題とされ、前訴の第一審判決においても、解除条件という形式の返還約束の存否が判断されたのである。これに対し、本訴における土地所有権確認請求は、右返還約束に基づくものではなく、本件売買契約の成立自体の否定、契約の無効、解除による契約の効力消滅に基づくものであり、かかる主張は、本訴において初めてするものであって、前訴のむし返しではない。これをもむし返しというならば、所有権に基づく給付請求訴訟において所有権の存否が問題とされたときは、後にする所有権確認訴訟は常に信義則に反する結果となる。

(2) 準備手続を経た事件において、その後の口頭弁論における訴訟資料の提出が制限されるのは、準備手続においてその目的である争点及び証拠の整理を励行させようという手続上の要請によるものであって、その効果は、あくまで同一訴訟手続内のものであり、たとい信義則を媒介としてであっても、別訴に影響を及ぼすものとすべきではない。

(3) 本件に関して長期間不安定な状態に置かれているのは、被控訴人ではなく、控訴人の方である。駐留米軍に本件土地を接取されて以来、米軍が基地としてこれを使用している間に、その明渡を求める訴訟を起こせるはずはなく、控訴人は、何を言っても無駄だと思い、ひたすら耐えて来た。そして、昭和五一年に至り、米軍が国に基地を返還したので、控訴人は、ようやく発言できる時節が到来したものと考え、調達庁に本件土地の返還方の交渉に行ったところ、係官から本件売買契約書を見せられ、驚いて前訴を提起したのであり、長期間を経過した責は控訴人が負うべきものではない。

2  被控訴人の主張

(一)(1)  右控訴人の主張(一)の内、(1)の事実は認め、(2)、(3)の主張は争う。

(2) 被控訴人は、前訴において、控訴人が控訴審で提出した主張が、第一審準備手続調書に記載されていない事項であるから、口頭弁論で提出することは許されないとの理由でその却下を求め、また控訴人の自白の撤回に異議を述べた。更に、右主張を控訴審で提出することは、訴訟の完結を遅延させるもので、時機に遅れた攻撃方法として民訴法一三九条一項により却下を免れないものでもあった。前訴の控訴審裁判所は、右のように同法二五五条一項又は一三九条一項に基づき新主張を却下する趣旨で、訴変更を許さずとの決定をしたものとも解され、そうでないとしても、控訴人の新主張を許さなかった措置は正当である。

(3) 控訴人は、前訴控訴審裁判所の訴変更不許の決定に対しては、その訴訟の手続内で争うことが可能であったにもかかわらず、これを争わず、別訴を提起する予定で、自己の判断により、任意に控訴取下をしたものであり、もとより、被控訴人がこれを慫慂したわけではなく、また、被控訴人が第一審勝訴判決が確定することとなる控訴取下に同意したことも、当然である。したがって、被控訴人が本訴の適法性を争うことが禁反言の法理又は信義則に反するいわれはない。しかも、後訴の裁判所は、前訴判決の既判力については、当事者のその旨の抗弁をまたずに職権で判断すべきものであるから、控訴人が被控訴人の既判力の主張を非難しても意味がない。

(二)  控訴人は、本件土地所有権確認請求を前訴においてもなし得たのにこれをせず、本訴において前訴判決の既判力との抵触が被控訴人から指摘された後に右請求を追加しているうえ、控訴人の訴訟の目的を達成するうえでは、従前の請求のみで十分であって、右確認請求を追加する実益に乏しいのであるから、右請求は、前訴判決の既判力に抵触することを免れるために追加したもので、実質的には前訴のむし返しであって、信義則に反し許されない。

三  証拠関係《省略》

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴各請求はいずれも失当であって棄却すべきであると判断するものであって、その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  《証拠付加省略》

2  同一五枚目裏五行目の冒頭に「前訴の第一審の口頭弁論は昭和五六年一二月一五日終結し、」を加える。

3  同一七枚目裏三行目の「所有権」を「自らがその物の所有権者であること」と改め、同五行目の「のみならず」から同一八枚目表七行目の末尾までを削る。

4  同一九枚目表八行目の「本件売買契約」から同裏七行目の末尾までを「現に控訴人が有する土地所有権に基づき登記名義を控訴人に回復することを求めるものである点において同一であって、両者の登記請求権の性質が異なるものと解することはできず、一方が抹消登記請求又はこれに代る所有権移転登記請求であるという理由で、訴訟物が異なるものということはできない。」と改める。

5  同二〇枚目表一〇行目の「するが、」の次に「控訴人が契約解除の理由として主張する事実は、被控訴人が買収要領に基づく実測を行わず、公簿面積のみに基づいて買収価額を算定し、適正価額を支払っていないというものであり、これによれば、被控訴人の債務不履行は、本件売買契約成立時に発生していたものと解され、したがって、」を加え、同裏八行目の次に行を変えて次のとおり加える。

「控訴人は、本訴請求が前訴の既判力に抵触する旨の判断は、前訴控訴審裁判所の訴変更不許の決定と衝突し、控訴人の裁判を受ける権利を奪うものである旨主張する。しかし、同一当事者間での特定の権利関係に関する紛争について判決が下され、これが確定した後は、これと矛盾する主張が、再審事由に該当するものでない限り、既判力によって遮断され、別訴でこれを提出し得なくなるということは、裁判を受ける権利とは関係のないことであり、もとより、そのことと、前訴の確定前におけるその訴訟手続内の訴変更の許否に関する裁判所の判断とは別個の問題であって、両者が牴触するということもあり得ない。しかも、前訴控訴審裁判所が、控訴人の新主張の提出を訴の変更に該ると解したうえで、訴訟手続を著しく遅滞させるものと認めて、これを許さなかったものであるとしても(右訴の変更によって請求の基礎に変更があったものとは解されないから、右決定の理由は訴訟手続の遅滞の点にあったものと推測される。)、これによって、控訴人が新主張を提出する機会を失ったことは、自己の責に帰すべき事由によることとして、これを甘受するほかはないというべきである。

更に、控訴人は、被控訴人が既判力を援用するのは禁反言の法理又は信義則に反する旨主張するが、《証拠省略》によれば、被控訴人は、前訴控訴審における控訴人の新主張の提出に対し、準備手続調書に記載されていず、口頭弁論において主張することを得ないものであるとの理由で、その却下を求めたものであることが認められ、また、控訴の取下については被控訴人の同意を要しないから、事実上同意の趣旨の陳述があったとしても、これに何らかの法的意義を認めることはできず、更に、既判力は、当事者の主張をまたずに、裁判所が職権で調査すべき事項であるから、被控訴人の既判力の援用を非難することも当を得ないものというべく、控訴人の前記主張は採用することができない。」

6  《証拠付加省略》

7  同二五枚目表二行目の次に行を変えて

「もっとも、控訴人において、本件土地が米軍基地として使用されている間は、その返還を望むべくもなく、したがって、何らの権利主張にも及び得なかったという事情は、理解し得ることであるが、控訴人が、その権利行使の事実上の妨げとなっていた右の事情が消滅した後に提起した前訴においても、適当な段階で右契約無効等の主張をせず、控訴審において初めてその主張をし、更に、それが時機を失したもので許されないとされるや、前訴を終了させて新たに本訴を提起し、かつ、形式上前訴判決の既判力を免れるために所有権確認請求を追加したという経過は、相手方を徒らに困惑させるものであり、適正な訴訟上の権利行使として肯認し得るものではないといわなければならない。」を加え、同八行目の次に行を変えて

「なお、以上の判断は、前訴の理由中の判断が、常にそれを争点とする別訴の提起を信義則に反するものとする、ということを意味するものではなく、また、前訴において、準備手続調書に記載されていない主張を後に提出し得なくなるという、当該訴訟手続内での制限から、直ちに別訴においても同一の主張をすることが許されなくなるものとして、準備手続終結による失権的効果を後訴に及ぼそうとするものでもなく、いったん前訴の敗訴判決が確定した後、別訴で異なる理由、請求により、実質的には同一の目的を達しようとして紛争をむし返すことが、本件の事実関係のもとにおいては信義則に反するものと評価されるにとどまるものである。」を加える。

二  そうすると、控訴人の本訴各請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙野耕一 裁判官 野田宏 成田喜達)

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